ブログデンティティー

blog-dentity since 2013

最愛の大地

かなり久しぶりに三宮の松竹系映画館「神戸国際松竹」に行きました。
西宮市在住のボクは神戸にもよく映画を観に行くのですが、
専ら「シネ・リーブル神戸」ばかりで、たまに「OSシネマズミント神戸」に行くけど、
「神戸国際松竹」は滅多に行かず、今回行ったので3年ぶりくらいかな?
「シネ・リーブル神戸」はミニシアターなので、そこでしか観れない作品が多いから、
必然的に観に行く機会も増えますが、「神戸国際松竹」は4スクリーンの微妙なシネコンで、
8スクリーンのシネコン「OSシネマズミント神戸」と上映作品も被りまくりなのに、
歩いて数分の距離しかないし、立地もちょっと負けています。
系列は違えど、シネコン同士もっと棲み分けてくれると、利用客としても有難いです。
設備的には悪い劇場じゃないし、売店にパンフの見本がある心遣いも素晴らしいだけに、
後発の「OSシネマズミント神戸」に客取られる状況は、勿体ないと思うんですよね。
まぁ松竹系なら11スクリーンのシネコン「MOVIXココエあまがさき」の方が、
西宮から近くて便利なので、神戸で棲み分けしてもらっても行く機会は少ないですけど。

ということで、今日は神戸国際松竹で鑑賞した映画の感想です。
県下ではここでしかやってない作品だったので、久しぶりに足を運んだのですが、
こういう独自の作品の上映をどんどん増やしていくべきです。

最愛の大地
In the Land of Blood and Honey

2013年8月10日日本公開。
アンジェリーナ・ジョリー長編初監督の社会派人間ドラマ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争下の1992年、セルビア兵に捕まり収容所に送られたアイラ(ジャーナ・マリアノヴィッチ)は、女性としてのプライドをズタズタにされるような日々を送っていた。そんな中、以前付き合っていた将校ダニエル(ゴラン・コスティッチ)から、肖像画の制作を依頼される。やがて二人の間に愛が再燃するが、一方で戦況はさらに悪化していき……。(シネマトゥデイより)



ハリウッド随一の人気女優アンジェリーナ・ジョリーの初監督作品、
という理由だけで観ましたが、そんな理由で観るのはやめた方がいい作品です。
ガールズ・アクション映画『トゥーム・レイダー』シリーズで脚光を浴び、
『Mr.&Mrs.スミス』『ウォンテッド』『ツーリスト』など、
娯楽超大作での主演が多い彼女ですが、いざ自分でメガホンを取ると、
娯楽映画とは程遠い、社会派映画ができあがってしまいました。

国連難民高等弁論官(UNHCR)の特使になったり、世界中から養子を迎えたり、
自然災害の被災地に多額の寄付をしたり、乳房予防切除手術したりと、
難民問題や女性問題に関心が強く、慈善活動などに積極的なアンジーは、
今まで自身が出演したお気楽な娯楽映画なんかよりも、
本当はこんなシリアスな社会派映画を作りたかったのでしょう。
女優業で名声と地位を得た彼女は、ついに自分の夢を実現させたのでしょうが、
ボクは正直、これはファンに対する裏切り行為だと思います。
少なくとも彼女の出演作を観て彼女に関心を持った、言わば女優アンジーのファンは、
こんな社会派映画では満足できないし、彼女の初監督作品がこれでは期待ハズレでしょう。
本作が注目されるのも女優業で築き上げた彼女の名声があるからで、
もし新人監督が本作と全く同じものを作ったとしても、きっと誰も見向きしませんよ。
「女優アンジーの初監督作」として宣伝され、観客もほとんど彼女のファンだから、
自分のファンである観客のことを考えれば、出演作と方向性が真逆の作品は撮れないはず。
別に社会派作品を撮るなとは言わないけど、自分は社会派作品には出演したくないくせに、
監督業を始めた途端に社会派監督を気取るのは、なんだか似非教養人みたいです。
社会派作品に出演して自分のイメージが崩れるのが嫌なのか、
本作にすら出演しない徹底ぶりには違和感を覚えます。

そんな観客のニーズを無視した作品は、当然コケますよね。
製作費1300万ドルも使って、全米興行収入はたったの30万ドルです。
まぁアンジーの女優としての出演料は1本1500万ドルなので、
その程度の赤字はポケットマネーで簡単に穴埋めできそうなものですけどね。
しかし彼女の初監督作として話題にはなったのは間違いないし、
彼女の名前を持ってしても、そこまで悲惨なコケ方をするのは、
単なる社会派映画としても観客は魅力を感じなかったためでしょうね。
出来はともかく、題材となったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(ボスニア紛争)なんて、
アンジー出演作のファンはもとより、一般的なアメリカ人が関心を持つはずないです。
彼らは外国の歴史になんて興味ありませんから。
外国人映画記者が選ぶゴールデングローブ賞にはノミネートされたのに、
アメリカの映画関係者が選ぶアカデミー賞では無視されたのがいい例です。

とはいえ、本作は諸外国でも全くヒットしていません。
一番マシだったのはボスニア紛争の当事者人種が多いクロアチアだったようで、
アンジー大好きな日本でも、現在たった10館での小規模公開です。
ウチの県でも1館だけで、観客が集中するかと思ったけど、いざ観に行くとガッラガラ…。
まぁボスニア・ヘルツェゴビナ紛争なんて関心がある日本人はそういませんよね。
斯く言うボクも外国の戦争に特に関心があるわけでもないけど、
同日公開の映画『オーガストウォーズ』の題材だったロシア・グルジア紛争は、
まだ5年前の紛争だったので、多少記憶にも残っていますが、
約20年も昔のボスニア紛争のことなんて、当時小学生のボクが記憶しているはずもなく…。
いや、よほど関心がない限り、覚えている日本人なんていないと思います。

ボスニア紛争当時はアンジーもティーンエイジャーだったはずで、
彼女も当時からこの題材に関心があったわけではないと思います。
なんでも約10年前にUNHCR特使のお仕事で、ボスニア・ヘルツェゴビナを訪問した折、
難民キャンプの女性被害者から聞いた話が基になっているそうです。
おそらく女性はムスリム人で、敵対するセルビア人による集団レイプの被害者でしょうが、
その体験談で女性問題に関心が高いアンジーが衝撃を受けたのは想像に難くないけど、
不謹慎かもしれないですが、戦争被害者の体験談なんて、話半分で聞いた方がいいです。
従軍慰安婦だった韓国人婆さんの体験談の誇張っぷりなんていい例ですよね。
もちろん戦争下であれ性暴力が許されるなんて思っていませんが、
戦争自体が野蛮な行為である以上は、性暴力が横行するのも必定です。
正直、今更それを映画で訴えられても「いや、知ってますけど?」って感じです。
それにボスニア戦争で大規模な集団レイプがあったのは事実でしょうが、
本作で描かれているような、女性を単に性奴隷したのとは少し意味合いが違うようです。
ボスニア戦争は民族間の覇権争いで、他民族を排斥する「民族浄化」の一環として、
他民族の女性に自民族の子を孕ませるという戦略が取られたわけで、
根本的に第二次世界大戦当時の日本の従軍慰安婦問題などとは意味が違います。
もちろん、被害者にしてみればレイプに違いないけど、それを問題提起する以上は、
戦争下での性暴力と一括りにせず、「民族浄化」という背景もちゃんと描くべきです。

そもそも本作の内容は、アンジーが話を聞いたムスリム人被害者の主観に偏りすぎです。
民族浄化はボスニア戦争の最大の特徴ですが、ムスリム人勢力もしていたはず。
本作はさながら無抵抗なムスリム人が、鬼畜セルビア人に一方的にやられていますが、
民族同士の覇権争いなので、ムスリム人もセルビア人に相当残虐なことをしているはず。
最終的にはムスリム勢力を支援したアメリカの映画なので、当然と言えば当然だけど、
本作はムスリム人側を一方的に被害者とする偏重した内容になっており、
社会派を気取った戦争映画としては如何なものかと思います。
そもそも「紛争前はセルビア人、ムスリム、クロアチア人が仲良く暮らしていた」と、
冒頭にテロップが流されますが、そんなはずはありません。
大規模な紛争には発展しなかっただけで、そのずっと前から民族間は仲が悪いはず。
現に劇中でもセルビア軍の将軍が「私の母は昔、ムスリムの奴隷だった」と言っています。
ムスリム人女性の不幸を描きたいばかりに、ボスニア戦争の実態が蔑ろにされています。
そもそもこんな調べればすぐにわかることさえ誤認するような状態なので、
ムスリム人女性の話だけを鵜呑みにし、当時の考証は疎かだったのではないでしょうか。
そんなアンジーは監督第二作『アンブロークン』も決まっており、
それは太平洋戦争に日本軍の捕虜になった米兵の体験を描いた作品らしいけど、
彼女のような偏った視点で描かれては、どんな反日映画に仕上がるか、今から不安です。

そんなボスニア紛争での、ムスリム人が受けた性暴力の悲惨さがテーマのはずですが、
本作の物語は、終盤にそのテーマすらぶれまくっています。
セルビア軍の捕虜になったムスリム人女性アイラがヒロインですが、
彼女は元恋人でセルビア軍将校のダニエルに囲われることで、集団レイプ被害を免れます。
もう主人公があまり悲惨な境遇ではないってだけで、テーマは薄れてしまいます。
更に彼女は、内通するために、わざとダニエルに接近していたのです。
つまりはハニートラップで、自ら進んでセルビア兵に抱かれにいっていたようなもので、
性暴力の被害者どころか自分の性を武器にした加害者で、テーマとは真逆の展開でした。
結局その目論みは失敗し、逆に殺されるので結果的に加害者にはなりませんでしたが…。
しかし生存している被害者女性の話が題材なのに、主人公が死んでしまうなんて展開は、
何というか、アンジーはどういうつもりなんだろうと思っちゃいますね。
実際の被害者の体験談が基ということを、自ら否定しているようなものです。
テーマ的に筋が通っていませんが、やはり初監督作で青さがでたのかもしれません。
アンジーに監督業の才能があるか疑問だし、彼女は大人しく女優してればいいです。
社会活動に関心があるなら、偽善チャリティー番組『24時間テレビ』と同じで、
映画の製作費を慈善活動に使った方が費用対効果は大きいと思います。

あと、これはアンジーのミスではないのですが、
日本語字幕はヒロインの民族を「ムスリム」ではなく「ムスリム人」と表記すべきです。
ムスリム人とはボスニャク人を指す当時の名称らしいですが、
ムスリム人がムスリム(イスラム教徒)なのは間違いないけど、
ボスニア紛争は宗教紛争ではなく民族紛争なので、「ムスリム」だけでは、
イスラム教徒とセルビア人という、一宗教の信者たちと一民族の争いのようだし、
ムスリム人とセルビア人という、民族名同士の方が、構図が観客にわかりやすいです。
ムスリム人は日本人がイメージし易いスラブ系ムスリムとはかなり違う印象だしね。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://blrpn.blog.fc2.com/tb.php/1093-53f345aa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad