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くちづけ

この頃、またちょっと(遊ぶのに)忙しくて、映画にかける時間が減っています。
とはいえ最低でも週2~3本は観ないと、精神的にバランスが崩れるので、
映画館に行く時間は削れないのですが、映画雑誌を読んだりだとか、
観たい映画の選択や、これから観る映画の下調べをあまりしなくなりました。
なので、昨日書いた『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』などもそうですが、
いざ観てみて「こんな内容だったのか!」と思うことが増えました。
下調べなしに飛び込みで観に行くと、駄作に当たる可能性も高くなるけど、
予備知識がないから新鮮味も高くて、なかなか楽しいものですね。
(というか、ちゃんと下調べしても地雷を踏んでしまう不思議…。)
なので、今後もずっと飛び込みで観に行きたいところですが、
暇ならば期待作の公開が待ち切れずにいろいろ調べちゃうのが映画ファンの性です。

ということで、今日は飛び込みで観て、衝撃を受けた作品の感想です。

くちづけ
くちづけ

2013年5月25日公開。
宅間孝行が手掛けた舞台を堤幸彦監督が映画化したヒューマンドラマ。

知的障害を持つ娘のマコ(貫地谷しほり)を、男手ひとつで育てる愛情いっぽん(竹中直人)は、かつては人気漫画家だったが休業し、すでに30年がたっている。知的障害者のためのグループホーム「ひまわり荘」で住み込みで働き始めたいっぽんと、そこで出会ったうーやん(宅間孝行)に心を開くようになったマコ。しかしそんなある日、いっぽんに病気が見つかる。(シネマトゥデイより)



前述のように飛び込みで観た本作ですが、まさかこんな内容だったとは…。
知的障害者の自立支援を目的とするグループホームを舞台とした物語で、
知的障害者を取り巻く状況を題材にした意欲的な作品でした。
作品の存在はテレビスポットなどで知っていましたが、
テレビスポットでは「親子の愛の物語」って感じの宣伝で知的障害者には触れてないし、
竹中直人と貫地谷しほりが親子役なので、映画『僕らのワンダフルデイズ』のような、
コメディ的なホームドラマかと思っていたので本当にビックリしました。
でもなかなか興味深い作品で、いい意味で裏切られました。
観に行った当日は、『俺俺』を観に行ったのけど希望した回にいい席がなく、
ひとつ後の回にズラすことにしたので、それまでの時間潰しに本作を観ただけでしたが、
本作を偶然観ることができたのは本当にラッキーだったと思います。

本作に対して「泣ける」とか「涙があふれる」みたいな感想が多いですが、
ボクとしてはちょっとそれは違うかなと思います。
たしかにラストのスライドショーのシーンではウルッとしちゃったし、
嗚咽を漏らしているお客さんもかなりいましたが、
不幸にも亡くなった親子のスライドショーを見せられれば、そりゃ泣けるけど、
本作の本質はそんなことではないと思うからです。
本作は知的障害者の実態を描いた救いようのない物語であり、社会への問題提起であり、
「泣ける」とかそんな簡単なことではなく「考えさせられる」作品だと思うのです。

以下、ネタバレ注意ですが、気分を害するかもしれない際どい表現にも注意です。

まず知的障害者なんてセンシティブなものを題材にするのが意欲的ですよね。
ともすればタブー視されかねない題材で、他の映画でも知的障害者役があったりしますが、
多くの場合、所謂「天使」としてピュアな存在として描かれたり、
所謂サバン症候群の超人的な存在として、ポジティブに描かれることが多いです。
しかし本作は、知的障害者にそんな美化は行わず、かなり実態に即して描いています。
まぁボクに知的障害者の実態なんてわかるはずもないんだけど、
市内の同和地区に福祉施設が多く、街中で知的障害者を見かけることが多々あり、
その印象からすると、本作のキャストはかなり本当の知的障害者の言動に肉薄する、
リアルな演技をしているように思われます。
特に中心的な知的障害者ウーヤンを演じる宅間孝行の演技はスゴイです。
知的障害者の同級生に言動がそっくりでビックリしました。
彼の地じゃないかと思えるほど、知的障害者然とした演技が自然でしたが、
後から調べたら、本作は彼が脚本を手掛けた舞台劇が原作で、
彼は舞台でもずっとウーヤン役をやっており、道理で役が馴染んでいるはずです。
その点、ヒロインの知的障害者マコちゃんを演じた貫地谷しほりは、
他の映画の知的障害者役に比べたら頑張ってますが、宅間孝行に比べたらまだ甘いですね。
見様によってはただの天然不思議少女、或いは幼い子供を演じているだけのようです。
それはそれで可愛らしいので、映画のヒロインとしてはいいかもしれませんが、
実際の知的障害者の女性は、もっとこう…、なんというか…、ねぇ。

本作に登場する知的障害者たちもピュアではあると思いますが、
所謂「天使」と言われるような素敵な存在としては描かれていません。
むしろ知的障害者に対する偏見が深まりそうなネガティブなところも描かれます。
というか、全体的にあまり肯定的には描かれていないように思うのですが、
それが知的障害者の本質を端的に表しているように感じられます。
まず見た目ですが、ヒロインであるマコちゃんは別として、正直キモいです。
見た目もさることながら、中年がはしゃぎ回っている姿や、
「チンコ」連呼して喜んでいる姿には虫唾が走ります。
ウーヤンのハイテンションや独特の癖も、ウザくてイライラするし、
もし彼が健常者だったら、猿ぐつわしてどこかに閉じ込めたいほどです。

ただその程度ならウザいだけで実害はないので構いませんが、
周りに多大な被害を及ぼす迷惑行為も多々あります。
しかもそのことに罪悪感を覚えないんだから性質が悪いです。
他人の家に勝手に入ってカレーを食べるなんて迷惑行為はまだかわいいもの。
大好きな妹トモちゃんが面会に来ないことに不満なウーヤンは、
「トモちゃん」と発言したある健常者の男に殴りかかり、
男はマウントポジションでボッコボコされ流血してしまいます。
周りが止めに入り、落ちついたウーヤンはまるで何事もなかったかのような態度で…。
知的障害者と精神障害者は全く違うと言いますが、この不安定さは危険ですよ。
こんなの見ちゃったら、怖くて知的障害者に近づけません。
また、殴られた健常者の男性も相手が相手だけに反撃するわけにもいかないし、
周りもウーヤンを叱ったり、責めたりしないんですよね。
健常者だったら完全に傷害事件なのに、こんなのいくらなんでも理不尽すぎます。

このグループホームは入居者の障害者年金から下宿代を出してもらい運営しています。
ところが入居者のひとりシマチンは、両親が彼の障害者年金を使い込んでいて、
下宿代が一年も未払いのままですが、ホーム経営者の真理子ママは、
「シマチンの両親も軽度の知的障害者かもしれないから仕方がない」と言い…。
知的障害者は金銭感覚に問題を抱えている人も多いと聞いたことがありますが、
罪悪感もなく社会保障制度の悪用がされているのに、
知的障害者のやることだから諦めるしかないなんて理不尽です。

入居者のひとりヨリさんは、ある女性に痴漢行為を行います。
路上で抱き付いて胸を触ったようで、女性から訴えられますが、
知り合いの警察官のお陰で不問となります。
これも知的障害者のやったことだから犯罪が容認されたような印象です。
知的障害者にも性欲はあるけど、善悪の区別ができないから、
知的障害者による性犯罪は多いという話も聞いたことがあります。
しかも大人が相手だと怖いから、子供が被害者になることも多いみたいで…。
それでも知的障害者だから責任能力がなく、不問になることもあるとか。
被害者にしてみればこんなに理不尽なことはないです。
ヨリさんの場合は、相手の女性が知的障害者を差別するブタ女で、
どちらに非があったかは明らかでしたが…。
ただ、本作のマコちゃんのように、知的障害者の女性が
健常者の男にレイプされる事件も間々あるみたいで…。
しかしそんな男が健常と言えるかどうかは甚だ疑問です。

知的障害者がひとりで生活できない社会について問題提起している本作ですが、
ただ「知的障害者に優しい社会を作ろう」というのではなく、
知的障害者の発作的暴行や性犯罪なども描くことで、
知的障害者を社会に取り込むことの困難さも伝えているのだと思います。
ボクが思うに社会をどう変えようが、社会がルールによって出来ている以上、
善悪の区別が付かない人を社会に迎えるのは無理です。
作中で「刑務所の服役囚の5人に1人が知的障害者」だという逸話が出てきます。
刑務所内では障害の軽い囚人が重い囚人の介助をしたりしているそうで、
社会に馴染めない知的障害者が、犯罪を起こして刑務所に入るとか…。
まるで知的障害者の末路は犯罪者であるかのようなその話に、
知的障害者の娘マコちゃんの父親であるイッポンは、
「警察が未解決事件を知的障害者に押し付けている冤罪だ」と反論します。
たしかにそんな冤罪事件の話も聞いたことがありますが、
ウーヤンの傷害事件やヨリさんの性犯罪が不問になったように、
冤罪よりも罪にすら問われなかった知的障害者の方が圧倒的に多いでしょうね。
もし全員検挙していたら、「服役囚の5人に1人」では済まないかも。

服役囚の異常に高い知的障害者比率にも驚きましたが、
「汚い恰好のホームレスはほぼ間違いなく知的障害者」という話も衝撃的でした。
やっぱり知的障害者は施設に入らないと末路は犯罪者かホームレスなのかな?
肝臓癌で余命幾許もないイッポンは娘マコちゃんを施設に入れるべきか悩みます。
なんだか本作はそんな福祉施設を、あたかも人間味ゼロの場所のように描いていますが、
自立支援をする場所なのは変わりなく、実際はグループホームと大差ない気も…。
グループホームの方がアットホームではあるでしょうが、
ボランティア頼みで運営が不安定な民間のグループホームよりも、
施設の方が自立支援体制は整っているような気がします。
まぁマコちゃんが収容された施設は、彼女でも簡単に脱走できるほどのところなので、
あまり設備や体制が整っているとは思えませんが…。

何度も脱走するマコちゃんに、イッポンは彼女を施設に戻すのを諦めます。
しかし自分の余命は3カ月と宣告され、娘をひとり残して死ぬことができない彼は、
自らの手で娘を殺し、後を追うように自分も病死するのです。
うーん、なんとも救いようのないバッドエンドな気がしますが、
本当に救いようがない状況なので、心中同然のこの展開こそが、
バッドエンドの中では比較的ハッピーエンドだった気もしますね。
マコちゃんより先にイッポンが死ぬことほど最悪な展開はなかったでしょうから。
でもイッポンの選択はベストだったとは言えないかな。
要はイッポンの死後もマコちゃんの世話をしてくれる人がいればいいだけの話で、
マコちゃんを優しい健常者の夫に嫁がせることができれば解決でした。
まぁ彼女は健常者の男恐怖症で、ウーヤンと結婚する気でいたかな簡単ではないけど。
それにウーヤンの妹は、兄が知的障害者という理由で恋人から婚約解消されたし、
知的障害者自身と結婚しようなんて奇特な人はなかなかいないかもしれませんね。
でもマコちゃんくらいの器量があれば、相手は意外とすぐに見つかりそうな気も…。

イッポンの死後、漫画家である彼の遺作が漫画雑誌で入選します。
『宇都宮くん』というタイトルで、ウーヤンとマコちゃんのことを描いた漫画ですが、
ボクは『毎日かあさん』とか『ツレがうつになりまして』のような、
作者の周りの不幸を描いたエッセイ漫画が大嫌いなので、ちょっと微妙な展開でした。
入選した雑誌も『ガマジン』とかいう明らかに少年誌っぽい雑誌だったので、
こんなエッセイ漫画が入選するとは思えません。しかも漫画家が受刑者なのに…。

と、ラストはお涙頂戴のご都合主義で鼻白むところもありますが、
知的障害者を社会でどうするかについて、とても考えさせられる物語で、
全体的にはとても興味深く、またいろいろと勉強になった気がする作品でした。
もっと多くの人に観てほしいと思う映画でしたが、
そのためにはこの『くちづけ』という題名だと、ちょっとインパクトが弱すぎますね。
別に悪くはないけど、もうちょっと興味をそそる題名は思いつかなかったものかな?

関連リンク
僕らのワンダフルデイズ

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